2017年2月28日火曜日

〇2011-8-11(木)福島県いわき市「国宝・白水(しらみず)阿弥陀堂」

〇白水阿弥陀堂は、真言宗智山派。阿弥陀堂は平安時代末期の建築で国宝。
岩城則道の妻・徳姫(平泉・藤原清衡の娘)によって建立された。夫・則道の菩提寺。
↓橋の向こうに阿弥陀堂が見えている。
 ↓国宝・阿弥陀堂

  
 ↓側面
 ↓右・正面、左・側面
 ↓国指定史跡・白水阿弥陀堂境域


 〇阿弥陀堂内に重文仏像5体が安置されている。
↓重文・木造阿弥陀如来立像。この脇侍像2体も重文
 ↓重文・木造二天立像の一体
〇ここは、平泉の寺院の影響を受けている。いわき市の中心(岩城氏の本拠地)は昔「平市」といった。藤原氏は「平氏」。「白水」という地名は、平泉の「泉」の字を二つに分けたもの。

2017年2月27日月曜日

〇2012-8-18(土)奈良県桜井市三輪「檜原(ひばら)神社」 三つ鳥居

〇山の辺の道。一車線で対向車が来たらお手上げ。
 ↓檜原神社に到着。大神(おおみわ)神社の摂社。この神社は色々と面白い。
第一、三つ鳥居が立つ。三つ鳥居といえば大神神社の幻の鳥居が有名。神職以外の誰も見たことがない(ことになっている)。大神神社には拝殿ばかりがあって本殿がない。御神体が三輪山そのものなので本殿は不要邪魔。拝殿の背後に三輪山の参拝登山口があるらしいが禁足で、そこに幻の三つ鳥居が立つらしい。写真で見ることもできない。ボクは想像力を掻き立てていたが分らないモノは分らない。世に二・三、三つ鳥居があると聞くと参考までにと走って行って観察してきた。ボクの見たモノは、平面図的には三角形を成すように組み合わさったモノばかりだった。檜原神社の三つ鳥居はそれとは違った。大神神社の三つ鳥居も、ここ檜原神社の三つ鳥居と同じに違いない。
第二、拝殿・本殿等社殿が全然ない。江戸時代に台風被害で廃墟となったそう。それでも祭祀は護持されてきた。ここの御神体は三輪山の磐座だという。祭祀の時は三つ鳥居の奥に生える榊の木を神籬(ひもろぎ、神の憑代)とする。
第三、日本書紀の語るこの神社の由緒が畏れおおい。元々天照大神と倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ、大国主命)は宮中に祀られていたが、この二神は勢いが強くて畏れおおく共に住んでは安心できなかったので外に出て戴くことにしたという。天照大神は豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託してここ檜原神社に移り参らせた(後、倭姫がバトンを受けて天照大神と共に畿内を転々として最後に伊勢神宮に辿り着く)。倭大国魂神は天理市の大和神社に移り祀られている。
↓この鳥居は、二本の柱に注連縄が張られた形


 これぞ三つ鳥居。大神神社の幻の三つ鳥居もこの形式に違いない。三つ鳥居の奥は森であって拝殿も本殿もない。森に生えている一本の榊の木が神籬(ひもろぎ)だそう。神道の原型に帰ったような気がする。
↓豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや) この宮はS61年に創建されたらしい


〇ブログ「神様は陽気がお好き」によると、三つ鳥居がピカピカに新調されているそう。↓同ブログ2016.3.16より

2017年2月24日金曜日

〇2013-8-14(水)鹿児島県薩摩半島「開聞岳(かいもんだけ)」

↓枕崎方面から走って来て開聞岳の美しい姿に接した。落日が迫っている。
 ↓開聞岳の絶景を観光できる小岬に入る。龍宮神社がある。

 祭神は、豊玉受姫だそう。この地には浦島太郎伝説があるという
 ↓龍宮神社の前から落日の迫る開聞岳を眺める


 ↓岬の先に灯台
 ↓灯台から薩摩半島の方面を見る
 ↓灯台から大隅半島を眺望する。海は、鹿児島湾(錦江湾)の入口

2017年2月23日木曜日

〇2013-8-16(金)鹿児島県大隅半島「佐多岬」

↓ガジュマルの木の林が茂る道を行く。いよいよ佐多岬が近づいた。
 ↓佐多岬燈台が見えた。

 ↓佐多岬の入口の広場に着いた。子供達がガジュマルの木にぶら下がって遊んでいる。
 ↓ガジュマルの枝から垂れ下がって地上を目指す分枝
 地面に達するとそこから芽を出して上に延びる。南方系の植物の生命力の強さは物凄い。
 ↓セレナを置いて、佐多岬の先端へ
 ↓小さな神社がある

 ↓遂に到達

↓佐多岬燈台


  ↓燈台の反対側。大隅半島が絶壁となって太平洋に落ち込んでいる
〇佐多岬から、屋久島と種子島が展望できるはずだが、この日は残念ながら海靄が立って水平線が定かでなくて見えなかった。画龍点睛を欠いた。

2017年2月22日水曜日

〇北陸中日新聞の反国旗・反国歌の気運を煽る記事が酷くて笑わせる。

「こちら特報班」と名乗っている。
 ↑「保育所・幼稚園まで国旗・国歌」
 「「愛国教育」さらに加速」
 「縛られる…現場は危惧」
↑「個性無視の全体主義」
 「小中高大に続く「総仕上げ」」
 「「愛すべき国か」見極めを」
●「愛すべき国か」園児が見極められる訳が無かろう。誰が見極めるのか。昔は日教組、今は反日メディアの独壇場。人権派を気取って反日を吹聴するという定式はもはや時代錯誤。先の大戦後72年間、日本は人権尊重・平和主義に徹してきてその面の日本精神は世界に定評がある。怨恨半島・共産党支配大陸以外の全世界で今や親日が当たり前。中でも台湾・フィリピン・東南アジア諸国は親日色が極めて強い。日本の伝統・文化が併せて尊敬されている。日本精神は伝統・文化と諸共に先ずは自国において尊重されるべきもの。国旗・国歌を愛する心は、郷土愛・母校愛等愛着を素地とする心と通じている。反・国旗国歌を国是とするよう喧伝するメディアが主流となって我が物顔に跋扈する国は、世界広しと雖も日本のみ。そのような日本の有様を見て喜んでいるのは、世界広しと雖も怨恨半島と共産党支配大陸のみ。戦後72年経ったのに(そしてChina共産党が近年驕り高ぶって野放図な軍拡に走り覇権をズカズカと東アジア全域に拡張しているのに)いつまでこんな時代錯誤の情けのない(イデオロギー走った)反日メディアに鼻面を引き摺り回され続けるつもりなのか。この記事は、時代錯誤、そしてイデオロギーで人情を踏みにじる歿個性そのもの。

2017年2月20日月曜日

〇2017.2.18(土) 初孫Sちゃんが七尾にやって来た。

〇七尾市国分町の家の居間。
↓父(とう)ちゃんと。帽子はウサギ帽
 ↓バアちゃんと
 ↓うつ伏せにしても首を上げて踏ん張る。そのうち力尽きて泣き出した。
 ↓泣かした。バアちゃんのせい。

 ↓母(かあ)ちゃんと
 ↓またもバアちゃんと