2016年6月26日日曜日

〇6/4(土)大阪府和泉市「法道寺」に重文多宝塔・食堂を探訪

〇法道寺に辿り着いたのはもう夕刻近い午後四時半過ぎだった。境内に一歩足を踏み入れて、その清楚さと、堂塔伽藍すべての端正さに感心させられた。全国の寺院を探訪して歩いてこれほど感動させられることは滅多にない。
↓「重要文化財 法道寺多宝塔・食堂」


↓「当寺は、‥天智天皇9年(670)、法道仙人が当山で飛鉢(ひはつ)の法を行じ、その霊験を聞き及んだ天智天皇の勅願によって、閑谷院長福寺として開創されました。この鉢を収めた山を鉢塚山といい、これによつて山号を鉢峯山といいます。南北朝時代には、楠木正成の一族であった橋本正員(まさかず)の菩提寺となりました。その後、8代将軍徳川吉宗の嫡子が長福丸(ながとみまる)と名付けられたことにより、同名であることをはばかり、法道仙人の開基であることから1716年、法道寺と改名しました。往時は多数の塔頭寺院を擁する大寺院でした。
↑境内にある建物のうち、鎌倉時代後期の食堂、南北朝時代の多宝塔は、ともに国の重要文化財に指定されています。また、南北朝時代に制作された仏画「十六羅漢像」(重文)、‥など数多くの文化財を有しています。」
〇↓十六羅漢図・重文
↓楼門を潜って振り返る
↓正面に本堂



↓本堂に向って右側に大師堂が見える


大師堂
 
↓本堂に向って左側に重文・多宝塔が見える
↓多宝塔・重文






↓多宝塔の左側に重文・食堂がある


↓右・食堂、左・楼門


   ↓食堂前から見た多宝塔
↓食堂・重文






↓横門から出る。境内内の右に見える建物は食堂
↓境内の外から見た多宝塔
↓右・多宝塔、左・白塀側は本坊・庫裏等
〇拝観料など当てにする気配なし。しかも豊かそう。秘訣は墓地分譲事業の成功にありそう。広大な墓地がある

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