2016年4月13日水曜日

〇4/9(土)宇陀市大宇陀「阿紀神社」。元伊勢、神武天皇東征経由地、大海人皇子(天武天皇)壬申の乱時経過地

〇「かぎろひの丘万葉公園」「阿騎野・人麻呂公園」の近くに「阿紀神社」がある。この神社には幾つかの古代の伝承がある。
①数ある元伊勢神社(倭姫(やまとひめ)が天照大神の安息の地を伊勢神宮に定めるまでの間、神宝を抱いて諸国を転々とし仮の神社を置いた地)のうちの一つ、との伝承がある。
②神武天皇が東征の砌、この神社の元鎮守地(向かいの丘の上)に布陣滞在したことがある、との伝承がある。宇陀路には「八咫烏(やたがらす)神社」もある(写真を撮れば好かったなぁ)。
③大海人皇子が壬申の乱の時、吉野宮から伊勢国へ脱出するにあたりこの神社の元鎮守地(向かいの丘の上)に滞在したとの伝承がある。皇子が吉野宮を脱出した後辿ったルートははっきりしている。吉野から直ぐに嶮しい峠を越えて(ここで云う吉野は南朝が開かれた千本桜で有名な吉野山ではない。吉野川のもっと上流の狭い谷間の一角)宇陀路に入り、榛原・名張・上野を経て鈴鹿峠を越えて伊勢路に入って陣容を整えた。宇陀路・伊賀路が大津皇子軍の追手と遭遇する惧れの大きい危険地帯だった。

 ↓能舞台。元和以来織田藩の治所となってから作られたそう。


 ↓本殿
 ↓禊をする川を挟んで向かいに丘がある。この丘は「高天原(たかまがはら)」と呼ばれている。
 ↓この丘は阿紀神社の旧社地で「高天原」と呼ばれる。平安時代に現社地に遷るまではこの高天原で天照大神をお祀りしていた。



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