2015年2月7日土曜日

〇芭蕉「奥の細道紀行」北陸路(17) 小松「建聖寺(けんしょうじ)」芭蕉留杖の地と伝承

〇建聖寺が芭蕉留杖の地と主張する根拠は次の曾良随行日記の一文にある。
《25日 快晴。小松を立たんと欲するも、所衆聞きて北枝を以て留どむ。立松寺へ移る。‥‥》 この「立松寺」が「建聖寺」の当て字だそう。どう当て字なのか。思案したがその根拠は次の考えしかなかろう。「建聖寺」を「たて(建)しょう(聖)寺」と読み、「立(たて)松(しょう)寺」を当てた。これは牽強付会に近い。小松に「立松寺」なる寺が存在した記録が多分ないことも補強証拠になっているのか。


 ↓「はせを留杖の地」


 ↓「芭蕉翁」
 《志ほらしき名や小松ふく萩すゝき
↓門人「北枝」が制作したと云われる芭蕉木像。建聖寺に伝わっている。制作年代が問題。

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