2014年10月18日土曜日

〇「奥の細道紀行」(62) 宮城県白石市・田村神社「甲冑(かっちゅう)堂」義経に従って出陣し戦死した佐藤継信・忠信兄弟の二人の嫁が甲冑姿を見せている。

〇今の福島市から源義経の臣下となって従軍した佐藤継信・忠信兄弟は義経に忠義を尽くして、兄・継信は屋島の戦いで義経の身代わりに強弓の前に立ちはだかって戦死、弟・忠信は吉野山で義経一行の窮地を救って捕らえられ京都で自刃して果てた。それを知り深く悲しむ母(姑)を慰めるため、兄弟の嫁二人はそれぞれ夫の甲冑を身に付け夫の凱旋の晴れ姿を母に見せたという。
↑「奥の細道」より。《‥ふたりの嫁がしるし、まずあわれなり。女なれども、かいがいしき名の、世に聞えつるものかなと、袂をぬらしぬ。》
〇佐藤兄弟の菩提寺「医王寺」☚リンク
↓探しに探しても「甲冑堂」に至る道は発見できない。もう諦めようとした時に「斎川宿(さいがわじゅく)」の案内が出現。
バス停があり、その名も「甲冑堂」
↓案内地図まであった。右下に「馬牛沼」、中央やや右手に赤字で「現在地」、その直ぐ右に「甲冑堂」、さらに右に「あぶみすり坂」。万歳\(^^@)/
↓田村神社


拝殿
本殿
↓これが「甲冑堂」
↓佐藤兄弟二人の嫁の甲冑姿。古いお堂と像は明治時代に放火で焼失したそう。今見るのは昭和になって再建されたもの。
〇「甲冑堂について」☚リンク。すぐれた解説。貴重な写真も見れる。一見一読を推奨する。
↓甲冑堂の傍らに「桃隣句碑」が建つ。桃隣は芭蕉の高弟。
 《いくさ(戦)めく二人のよめ(嫁)や花あやめ》


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