2014年4月30日水曜日

〇4/28(月)春の無宿流浪の旅、第三日目。

4/28(月)07:00起床。07:30壬生ハイウェイオアシス出発。
笠間市街地で「笠間稲荷神社」到達に手間取った。日本三大稲荷に数えられることがあるだけのことはある。本殿が重要文化財。
さくら川市を通り岩瀬町の山中の「小山寺(おやまじ)」を探訪。三重塔が重要文化財。古刹。
筑西市に足を伸ばし「内外大神宮(ないげだいじんぐう)」の重要文化財三点を探訪。内宮・外宮各本殿と御遷宮が重文、いずれも小さい。この地は、昔・伊勢神宮の御厨(みくりや)だったそう。納付米は伊勢までせっせと運んだのだろうか。為替的制度があった時代でないんだから、そうに違いない。大変。
水戸市に入り、仏性寺の重要文化財・八角堂を探訪。次に薬王院の重要文化財本堂を探訪。薬王院の見事な(門跡寺院然とした)境内に脱帽。東照宮と水戸八幡宮を探訪。東照宮は勘違いで行った。本当は水戸八幡宮の重要文化財本殿が目当て。水戸八幡宮の本殿の美しさには目を瞠る。旧弘道館(水戸藩の藩校)に重要文化財・正門&正庁を探訪。
最後に大洗に足を伸ばし、大洗磯前神社を探訪。水戸市から真東に真っ直ぐ太平洋を目指すと着く。朝日が水平線に昇るのを磯の岩礁の上に立つ鳥居が制している姿が神々しい、そんな写真で有名な鳥居を求めてやって来た。どうやらこれがそうらしいという鳥居を見付けたが‥。明日は妙高高原に午前中に入るつもりで夕方大洗を出て北関東自動車道に入り、東北自動車道、また北関東自動車道に入り、高崎で関越自動車道に乗り換え、藤岡で上信越自動車に入り、甘楽PAに20:30に入り込んだ。今夜はここで一泊。

〇4/27(日)春の無宿流浪の旅、第二日目。

4/27(日)横川SA06:30に目覚め。07:30出発。関越・北関東・東北自動車道を繋いで08:30栃木ICで下りる。出流山(いずるさん)満願寺の案内が目に入ったので予定外にそちらに流れた。位置的には足利市まで戻る。ハイウェイマップに表示してあった寺だが、期待に添わなかった。栃木市に戻り・太平山(たいへいさん)と見当をつけた山を目指すと果たして太平山(たいへいさん)神社はあった。本殿までなんと1,000段の石段を登る。アジサイの時節なら2,500株のアジサイが両側に咲き揃うアジサイ坂だそう。下山したら12:30。今日眼目の益子の寺社の重要文化財探訪の旅に就く。益子は陶器市で賑わっていた。ボクの行き先は殷賑とは無縁。先ず西明寺(さいみょうじ)で重要文化財の楼門&三重塔を拝観。本堂内の厨子も重要文化財。秘仏を公開していたが、300円の拝観料で監視員なしの鑑賞が出来た。次、意外なことに地蔵院の重要文化財・本堂と綱神社&大倉神社の重要文化財・本殿は隣接していた。益子に残る探訪予定の重要文化財は円通寺の四脚門だけ。勿論探訪したが、驚いたことに円通寺境内には堂塔伽藍が何もない。あるのは老健施設のみ。ただ一つ残された四脚門に違和感があった。ここで茨城県の笠間稲荷神社に足を伸ばせば今回の旅行の眼目に今日中に到達できた。が、栃木県内に今一つ重要文化財が残っていた。それが矢板町の木幡神社の楼門&本殿。もう訪れる機会がないと思えたので、初志貫徹。矢板町まで足を運んだら・笠間稲荷神社はひどく遠ざかった。今日中に自動車道に入り込んでおけば料金半額が維持されるので矢板ICから東北自動車道に入った。ら、大渋滞。やっと北関東自動車道に入り茨城県の笠間と水戸を明日に睨んで今夜は栃木県壬生のハイウェイオアシスで野宿。

〇4/26(土)春の無宿流浪の旅に出た。第一日目。

4/26()09:15、七尾発。砺波チューリップフェアから高山市の臥龍桜見物コースに心が惑ったが、初志の通り糸魚川・白馬・仁科三湖・大町・池田・松川村と絵になるポイントを探訪して周る。特筆すべきは、糸魚川の明星山&立浪池の絶景に巡り会えたこと。スケッチしたら昼過ぎたので、池畔の食堂で立浪ラーメンを食した。670円・〇(^_-)。白馬大出の絶景ポイントは靄で白馬三山が見えず残念。仁科三湖を廻って、北アルプス展望美術館(旧池田町)に期待せずに足を向けたが、予想通り。松川村鈴虫荘にも回ってみたが、山は靄・田圃には水が張られておらずで絵にならなかった。もっとも見回っただけで・元々描く気がなかったので別にどうということもなし。松本の手前から山中に入り上田菅平ICを目指した。本日の野宿先は上信越自動車道のSA。道中、先日発見した「虚空蔵堂・重要文化財」を再訪。やはり屋根のシルエットが奇抜で美しい。夕暮れ時、「生島足島(いくしまたるしま)神社」にも寄った。この神社、風変わり。19:00、上田菅平ICから上信越自動車道に入る。20:30、横川SA着。今夜はここに泊まる。明日は北関東自動車に入り一気に栃木県益子に行き、重要文化財建築物を訪ね回る予定。

2014年4月29日火曜日

〇4/26(土)白馬、大町、安曇野へ。

□この日は晴れていたが、靄がひどくて山がよく見えない。絵にならない。
↓白馬村大出。


 ↓仁科三湖。これは青木湖。
 中綱湖は飛ばして、木崎湖。
 右端から餓鬼岳・有明富士などが見えるんだが。靄っている。
↓大町市(旧池田町)の北アルプス展望美術館前。背景の北アルプスが靄で霞んで見えないので絵にならない。爺が岳・鹿島槍が絵を構成する筈。
 背景中央に有明富士が見える筈。
 ↓松川村・鈴虫荘の近くの橋の上。上流側。右奥に白馬連峰が見える筈。
 下流側。右側の田圃に水が張られると絵になる。
このあと、安曇野・豊科から上田盆地に抜けた。


〇4/26(土)無宿流浪の旅・第一日目、糸魚川・白馬・大町・安曇野の絵どころを見回る。最初は糸魚川・夏中。

糸魚川から姫川を少し遡ると見えて来るのが、この発電所風景。山は明星山。
 夏中の在所を通って山中深くに入っていくと、若葉の新緑が美しい。
 ↓この世の風景とは思えない圧倒的な景色。背景の山が明星山(みょうじょうやま)、手前の池が立浪池(たつなみいけ)。池のブルーの美しさは比類なし。

 パステルでちょいとスケッチ。
 ↓画帳(一、二枚しか使ってない)にずっと前にスケッチした女性の顔があったので・ついでに掲載。キリっと魅力的なひとだったが・直ぐに結婚。
 ↓山男垂涎の光景。右に雨飾山(あまかざりやま)、左に焼山(やけやま)。焼山は火打山(ひうちやま)・妙高山に続く。

〇4/29(火・昭和の日)土・長野県、日・栃木県、月・茨城県を走り回り、今朝09:30妙高高原いもり池に到着。

午後・いもり池近くの定宿ペンションシェーネに入り、早速”七〇ちゃん”のメールを開いて読んで・返信しようとしたら飛んで行かない。仕方がないからブログを・私的送信に転用。以下”七〇ちゃん”への返信文言。ボクのここ三日間の旅先の動静が伝えられるので・読者の方々にはご容赦を。
「26日(土)長野県、27日(日)栃木県、28日(月)茨城県を走り回って、今日29日(火・昭和の日)09:30に新潟県妙高高原いもり池に到着しました。絵を描く選択肢もあった時間帯だったんですが・気合が入らず、戸隠に回ってみたら昼過ぎになりました。午後早目に池の平(いもり池近く)の定宿「ペンション・シェーネ」に入りました。この宿の好い所は、ホッとすること・ネット通信ができることです。風呂もあります。今・居間で久し振りに人と話をしています。メールも久し振りです。孤独――人の心を消沈させ腐らせるのは、やっぱり孤独が最強ですね、実感しました。
(ウーさんの項目は省力して)
ボクの旅はこの三日間、とにかく忙しかったです。絵を描いている暇はなかったです。暇がなかったのは事実ですが、そもそも絵を描く気構えが足りません。これは反省すべきことなのか、それが問題です。無宿流浪の旅からそろそろ足を洗わねばならないのは本当でしょう。長躯遠征して風景画を描きに出るというやり方も、老衰していく身には無理がありそうです。家で画業に取り組むという路線が穏当かも知れません。それだけの目と手の修行蓄積はあると自惚れていますf(~_~;)。
あっ、ボクは明日一旦七尾に戻ります。ゴールデンウィーク後半戦の予定は未だ全然立っていません。とにかく長丁場の無宿流浪旅行は根気が続きません。齢です(/_;)。(^.^)/~~~

2014年4月25日金曜日

〇4/25(金)快晴。明日からゴールデンウィーク始まりぃヽ(^。^)ノ

以前ならまだ元気だったので、前半・後半ぶち抜きで十日間以上の無宿流浪の旅に出た。しかしもう老体で元気が衰えたので、無宿流浪の旅は前半と後半に分けることにする。中休みに家に戻る、多分。行き先は‥‥それが決まってないんだなぁ、未だf(-_-;)。新潟県の探訪が手薄いので・まず新潟県に入って走り回り、それから北関東に入って茨城県まで行こうかと思っている。思っているだけで・どうなるか分らない。後半の日程は全く念頭にありません。それから旅行中はインターネットに繋がることができませんので・通信が途絶します。悪しからず。ホテルに泊まれば別ですが。
★ネット検索したら、新潟県には文化財が殆どないので新潟県行きは止めッ。
絵を描こう。

〇4/25(金)快晴。春になると顔を出すモノたち。

シマヘビ。鷹合川の土手。
 蛇は懸命に逃げても、意外と足が遅い。足???
 ↓チドリがやって来た。

〇4/25(金)快晴。春、性の狂宴・鷹合川。

春酣(たけなわ)になると、鯉たちが狂う。今年もその季節が到来。春ぅヽ(^。^)ノ



2014年4月23日水曜日

〇4/13(日)小浜市《妙楽寺》

↓ 正面に仁王門が見える。
 ↓仁王門
 ↓参道

 ↓正面・本堂。左端・地蔵堂
 ↓本堂・重文。

本尊・二十四面千手観音立像・重要文化財
  ↓地蔵堂。
〇ここでデジカメの電池切れ。

2014年4月22日火曜日

〇4/13(日)小浜市《神宮寺》

↓仁王門・重文。



 ↓仁王門から本堂へ。
 仁王門を振り返る。
 長い参道、本坊前。
 桜の老木
 ↓右「若狭鵜之瀬講社」、左「若狭神宮寺本坊」と書いてある。
「鵜之瀬講」については解説を要する。東大寺二月堂のお水取りの行事は有名だが、この神宮寺が、上流にある鵜之瀬という淵から「御水送り」の行事を毎年執り行い、奈良の都までお水送りをしていることはあまり知られていない。

 本坊付近から仁王門を見る。
 ↓本堂境内入口
 ↓本堂・重文。


 ↓本堂境内のスダジイの老木。
 ↓以下、本堂裏山のスダジイの老木。




 本堂裏側。




 ↓以下、本堂内陣の神仏像。絵葉書より。
〇住職は仏前で柏手を打つ、神職の如し。さすがに神宮寺。
 薬師如来坐像
 薬師如来・前立仏
 十一面千手観音坐像・若狭姫本地仏。
 男神・遠敷彦
 女神・遠敷姫
〇ここ神宮寺は、明治維新の神仏分離令を掻い潜って・神仏混淆体制を維持してきた貴重な寺。
男神&女神は、本堂内陣の右手に祀られている。二体の神像は優れた作品。因みに内陣中央に薬師如来、左に十一面千手観音。
この神宮寺は檀家を持たない。墓場もない。従って寺院の経営には苦労が多そう。