2009年9月30日水曜日

美保の関灯台

さらに島根半島の東端、《美保の関灯台》を目指した。














灯台へ行く途中、黒アゲハが花の蜜を吸っていた。











隠岐の島の島前(どうぜん)、島後(どうご)が見えるそうだが、この日は靄っていて見えるような見えないような。
沖の御前と地の御前が見える。







































































《地の御前》

















《沖の御前》

















《美保の関灯台》















大山は靄の中。

















美保漁港で、《関の五本松》公園が目に入った。《関の五本松》はなじかは知らねど僕には有名に思えた。一旦行き過ぎたが丁度5台程の駐車場が空いていたのでUターンして観光することに。一見して山登りを必要とした。いきなり急峻。それでももう二度と来れないかもと思い決行の途を選んだ。それがとんでもないことに・・・

島根半島、神社廻り 《美保神社》

大橋を渡って島根半島に上陸。半島から見た水道大橋。
一路《美保神社》を目指した。美保神社は島根半島の東端、即ち陽の上る地にある。《美保の関灯台》の近く。今日は最終島根半島の西端即ち日の沈む地にある《日御碕(ひのみさき)神社》に至る。そこに《日御碕灯台》がある。






《美保神社》の大鳥居。















中の鳥居


















境内。















神門。
拝殿。
拝殿から神殿を窺う













































右横から見た神殿。


















背後から見た神殿。神殿が二つ並列している。

































左横から見た神殿。
















↓提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
事代主(ことしろぬし)神系えびす社3千余社の総本社(蛭子神系のえびす社の総本社は西宮神社)。えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除けの神として信仰を集める。また、「鳴り物」の神様として楽器の奉納も多い。右殿に大国主神の子の事代主神、左殿に大国主神の后の三穂津姫命を祀る。8世紀に編纂された『出雲国風土記』の神社台帳に記載される古社である。延喜式神名帳では小社に列する。近世ごろから「大社(出雲大社)だけでは片詣り」と言われるようになり、出雲大社とともに参拝者が増えるようになった。出雲大社とあわせて「出雲のえびすだいこく」と総称される。

境港で迎えた朝

一夜宿にした緑地Pの正体はこれ。































朝、周りを見たら、自家用駐車場代わりにしているヤツが確かにいた。
緑地Pの前に居るセレナの雄姿。向かいの山並は島根半島山脈。
境港と島根半島の間にある水道。上が境港漁港方面、下が《中の海》方面。
































朝の《水木しげるロード》を走ってみることに。何と《妖怪神社》なるものがあった。
















社務所まである。














神社の右隣の店。
















そのまた右の店。
















神社の左隣の店。
















そのまた左の郵便局。

















お向さんの店。
こうなると、不気味というより怖くなる。

ネズミ男。
















朝見る・水道を跨ぐ大橋。
















ここでも、釣り人。
いよいよ水道に架かる大橋を渡って島根半島に上陸する。

2009年9月29日火曜日

宵闇の中の妖怪たち 境港

境港の岸壁緑地Pにセレナを入れて、宵闇の中を散歩に出た。《水木しげるロード》へ。妖怪たちが・・・居るわ、いるわ。切りがない。二辻目で撮影を止めて戻った。明日の朝、来れたらまた来ようということで。境港市の主張では、平成5年に《水木しげるロード》が開設されて以来の訪問客数が1,000万人を越えたんだそう。宵闇の中でも、僕と同様に、携帯で撮影して回る家族連れやアベックがそぞろ歩いているからまんざらな数字でもなかろう。因みに境港市の人口は35,000人。米子市は148,000人。
最初の写真は、境港から島根半島に渡る水道大橋。