2016年9月26日月曜日

〇9-23(金)三重県伊賀市「高倉神社」重文本殿、重文摂社八幡社・春日社




 ↓拝殿
 社務所に上がる石段もある
 ↓社務所の方から拝殿を見る
 ↓拝殿から見た本殿
 ↓拝殿と本殿
 ↓国指定重要文化財・建造物 高倉神社本殿・境内社(八幡社・春日社)
 ↓左・春日社本殿 右・高倉神社本殿
 ↓高倉神社本殿
 ↓右・八幡社本殿 左・高倉神社本殿
 ↓高倉神社本殿
 ↓八幡社本殿
 ↓春日社本殿
 ↓高倉神社本殿

2016年9月25日日曜日

〇《奥の細道紀行》9-17(土)塩津街道福滋県境峠茶屋「孫兵衛」西村家 なんと『奥の細道・素龍清書本』原本・重要文化財が西村家に伝来している

〇因みに「奥の細道」として流布している刊行物はほぼすべてこの「素龍清書本」を底本としている。
↓峠茶屋・孫兵衛



 ↓「福滋県境・孫兵衛茶屋」
 「芭蕉翁と西村家 西村家は遠く村上源氏の出。この峠を開拓。ここ北陸街道の要所に問屋を営んだ旧家であり芭蕉とのゆかりが深い。
一、おくのほそ道素竜本を秘蔵(国重文)
一、芭蕉翁松風塚と名園 松風の落葉か水の音すゝし
一、蕉風に心酔した俳人 当家十世野鶴 十三世自得が出た
一、峠の要路 旧塩津街道の一部を残す
 ↓茶屋の前から滋賀県側を見る。峠の頂上が見える
 ↓敦賀側を見る
 〇店の奥の大きなガラスショウケースの中にただならぬものが展示されている。
↓「おくのほそ道・素龍清書本」の本の標題「おくのほそ道」の六文字だけは芭蕉が直筆で書いた、その真筆が写真印刷されている。目ざとくこの文書を見つけたボクに、亭主は芭蕉真筆を印刷した貴重な短冊を二枚封筒から取り出し呉れた。一枚で結構と遠慮したのに二枚呉れた。
↓ボクが頂戴した二枚の標題印刷物、短冊になっている。芭蕉真蹟の六文字
↓素龍清書本 
 ↓「平成24年住友財団の助成により「おくのほそ道」の修復を行いました」
  ↓「西村家秘蔵・奥の細道の原本に就いて」 研究文献である
 ↓以下、素龍清書本の拡大



 ↓「越前敦賀郡新道野・西村孫兵衛」


 〇亭主が、道を挟んだ向かいの家の古い庭に芭蕉句碑「松風塚」があるから見ていってくれと言われるので遠慮なくお邪魔した。

 ↓中央にある丸い石が「松風塚」


 『松風の落葉か水の音すゝし』(芭蕉全句集にこの句は載っていないという説があるそう)


〇9-22(木・秋分の日)滋賀県栗東市「金勝寺(こんしょうじ)」 金勝山(こんぜさん)の中腹、細い林道を駆け上がって重文仏像五体に会いに行く




 ↓参道・仁王門


 ↓仁王門の右奥に二月堂 
 右・二月堂
 ↓二月堂。像高3.6mのグンダリ明王の足元が見える
 ↓グンダリ明王立像・3.6m、重文
 ↓仁王門と背後の本堂
 ↓本堂

 ↓本尊・釈迦如来坐像、重文
 ↓良弁上人坐像
 ↓願安上人坐像
 ↓本堂背後にある「御香水館」 香水が湧いているのだろう
 ↓御香水館から見た手前・本堂、奥・二月堂
 ↓本堂前から大講堂跡に行く
 ↓大講堂跡

 ↓虚空蔵堂に行く
 虚空蔵堂
 ↓虚空蔵菩薩坐像、重文
 ↓虚空蔵菩薩の左脇侍・地蔵菩薩坐像、重文
 ↓右脇侍・毘沙門天立像、重文
 ↓右から仁王門、二月堂、本堂
 ↓本堂前から流れてくる多分御香水
 ↓磨崖仏の写真
 山奥の磨崖仏
〇金勝寺はボクにとっては秘境だった。車で登れるかどうかずっと不明だった。が、林道伝いに寺まで辿り着けそうだと分かった。それに永らく山中の寺に常住するものが居らず仏像拝観は予約制だった。予約があれば里坊からわざわざ寺の者が山上に出向いて御堂の扉を開けるらしかった。団体予約ならともかくたった一名の予約など遠慮するしかない。それが近年山上の寺にも誰か常駐するようになり、写真で見られるとおり拝観時間には常時扉が開放されているようになった。拝観料は500円。かくしてボクは勇躍拝観の旅に出て秘境・金勝寺を目指したというわけ。