2017年1月19日木曜日

〇2011.7.17(日)大阪府交野市「獅子窟寺」に国宝「薬師如来坐像」を探訪

〇旺盛な探訪欲に駆られて全国を疾駆していた頃、大阪府北河内・交野市(かたのし)にある獅子窟寺(ししくつじ)を訪ねた。国宝・薬師如来座像を目当てに。山の中にある不思議な地形の寺と案内されていたが、行って見ると聞きしに勝る難所だった。
↓登り口に到達。ここに辿り着くまでが大変。カーナビも表現し切れないような古道。それが新市街地に取って付けたように残されている。ギリギリ一車線。冷や汗を掻きながら登ることになる。
 ↓対向車に出くわさないうちに一目散に登って来ると、頂上が平らになっていてそこに本堂(瑠璃殿)が建っている。瑠璃光(朝日)のさす方向に薬師如来はおわすから、この本堂に国宝薬師如来座像は坐っておられたはず。
 ↓山頂には巨岩怪石がゴロゴロ。その昔は修験場だったろう。獅子窟寺は真言宗高野山派に属する。


 ↓眼下に大阪平野北部・交野市街地が見える。
 ↓境内奥に国宝薬師如来座像保存庫がある。鉄筋コンクリート造
↓国宝《薬師如来座像》 一見して只者でない雰囲気。ボクは住職不在ということで拝観できなかった。寺の案内では「要予約」とある。榧(かや)の一木造り。現代ではこれだけの榧の木を調達するのが無理。右腕は後補らしい。取付角度が不自然だそう。元は阿弥陀如来が説法印を示していたとの説がある。阿弥陀如来変じて薬師如来になるってか。左掌の薬壺も後世に載せたということか。



2017年1月16日月曜日

〇1-16(月)将棋界のトップ・プロは、将棋アプリの方が強いことを認めてしまっている

昨年末、将棋界に衝撃が走った。竜王戦が始まる直前、挑戦者の三浦九段が出場停止処分を喰らった。理由は、将棋アプリを使用して指手の指南を受けてAI(人工知能)の力で挑戦者になったというもの。勝負の終盤に至り頻繁に対局室を出て長く戻って来なかった、控室でスマホを操作しているのを見られた、将棋アプリの差手と彼の差手の一致率が異常に高かった等。新年になって第三者調査委員会が調査結果を発表したが、それによると三浦九段は白だそう。将棋連盟は彼に謝罪して幕引きを図った。幕が引けるかどうか、それは未だ分らない。三浦九段の出方一つ。
ボクがこの話を持出すのは面白い話だから。何が面白いッかって、この話は既にAI将棋アプリの方が日本将棋連盟トッププロよりも強いことを前提としてしまっているからだ。実際トッププロは劣勢に立たされている。プロ将棋界を覆う悲観・過敏が生み出した珍事件なのか。

2017年1月13日金曜日

〇2009-4-11 奈良県高市郡明日香村「奥明日香」

〇流浪の旅に出始めた頃、明日香村の南端にある石舞台古墳から更に南下して山中に入ると、そこは奥明日香。なかなか風情のある村里がある。三つの村があるそうで、それらを通過すると一車線しかない山道となり、恐る恐る登って行くと高取山の東側を通って峠に至り、なおも進んで行くと道幅が広くなってホッとし、やがて吉野町に出る。




2017年1月12日木曜日

〇2005-4-15 山梨県笛吹市一宮「桃源郷」

〇この頃は(59歳か)春になると絵を描くために笛吹市「桃源郷」を三年間程訪れていた。桃の花の満開は例年四月の十日過ぎだった。花鳥山(はなとりやま)一本杉の岡が絵描きの聖地でそこを目指した。実際には殆ど絵描きに出遭わなかったが。
↓摘花の最中。
 ↓花鳥山からの眺望。本当は遠景に南アルプス白鳳三山(北岳(きただけ)・間ノ岳(あいのたけ)・農鳥岳(のうとりだけ))が見えるんだが、靄っていた。
 ↓手前の白い花は、アンズ。
↓2001.4.15に描いた桃源郷(笛吹市一宮・花鳥山)の絵。遠景の南アルプス白鳳三山(右から北岳・間ノ岳・農鳥岳)が見えて最高に絵になっていた。

2017年1月11日水曜日

〇2004-12 静岡県島田市・大井川に架かる木橋「蓬莱橋」

〇H16、年末年始の家族旅行に出ていた頃に島田市大井川に架かる木橋を訪れた。大水で流されることがあるらしい。






2017年1月10日火曜日

〇1-9(火)昨日成人の日に次女がまたも金沢から孫の赤ちゃんを抱いて現れた

〇1-8(月・成人の日)
お父さんがインフルエンザに罹っているので、赤ちゃんを金沢から避難させてきたらしい。
↓首が坐ってきた。

 ↓手しゃぶりが始まっている。 
〇1-10(火)
朝、起き出した
 ↓散歩の支度

〇この後散歩から帰って、ボク=ジジの顔を見て笑うこと、五度。生後三ヶ月半。孫の可愛さが分ってきたゾイ。


2017年1月8日日曜日

〇1‐8(日)昼、NHKアーカイブ「千日回峰行」を見た

〇酒井雄哉行者が49歳で比叡山延暦寺の千日回峰行に挑戦した記録。酒井氏は41歳まで市井にあった人だが、一念発起して仏門(天台宗)に入り小僧となった。回峰行は、精神力特に意志、体力特に持久力が超人的でないと満行など到底不可能。6年かけて1000日の回峰行を積む。比叡山中を廻り始めは一日30kmを踏破する。段々一日40km、60kmと距離が延び、終盤は山中廻りに加えて京の街を巡って戻る苛酷な80kmの行となる。700日目に堂入りがある。無動寺谷明王堂に不飲・不食且つ不眠・不臥で9日間籠りお勤めする。ボクには初めから直感的に不可能と分る荒行。ボクの心肺機能・持久力では一日の行も達成できない。物凄い人が世の中には居るものだと思う。この人は、満行して阿闍梨となった後にもう一度千日回峰行に挑戦して果たした。そのときには61歳を越していたろう。奇蹟に近い。超人であり、生き仏に近い。なお、回峰行を始めて挫折したときは死ぬしかないことになっている。
この人の行は、人生とは何かという問いを空しくする。人が為すべきは、一日一日・一歩一歩・一瞬一瞬ただひたすらに進んで行くこと・死なない限り進んで行くことしかない。何のためにとか、何を為すかとかは問題ではない。