2016年8月28日日曜日

〇8‐15(月) 千葉県茂原市「橘樹(たちばな)神社」 上総国二ノ宮 日本武尊の海難に際し・海に身を挺して波濤を鎮めた乙橘姫を祀る

〇房総半島南部から利根川沿いの道の駅まで引き返す道中に、帰りがけの駄賃に「橘樹神社」を訪れた。上総国二ノ宮。この神社の主祭神は弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)、相殿神は日本武尊 (やまとたけるのみこと- 弟橘比売命の夫)と忍山宿禰 (おしやまのすくね - 弟橘比売命の父)。日本神話のクライマックス的場面に登場する神々。社伝では、日本武尊が東征した際、相模から上総へ渡ろうとした時に海上で暴風に遭った。弟橘媛が海に身を投じて日本武尊の難を救ったことから、日本武尊が弟橘媛の御陵を作り、弟橘媛の櫛を納めて、橘の木を植えて祀ったのに始まると伝える。本殿の背後には、弟橘比売命御陵とされる古墳が残る。本殿が造営されるまで、拝殿から直接古墳を拝む形となっていたという。また、境内の吾妻池はこの墳墓を掘った跡の穴であると伝えられる。



 ↓拝殿


 ↓本殿。この背後に乙橘姫の古墳・御陵があるそう。

〇この後、道の駅・水の郷さわらへ。到着は午後八時。

〇8‐15(月) 千葉県茂原市「重文・笠森観音堂」 唯一の四方懸崖造り

〇茂原市の「笠森観音堂」も今回の旅行目的の一つだった。銚子市の屏風ヶ浦から房総半島を南下すること二時間。午後三時半過ぎ到着。
↓笠森観音・パンフより
 ↑「笠森観音は、正式名称を「天台宗・別格本山笠森寺」と称し、延暦3年(784)伝教大師最澄上人が楠の霊木で十一面観音菩薩を刻み山上に安置し、開基されたと伝えられています。観音堂は長元元年(1028)後一条天皇の勅願により建立され、その建築様式は日本唯一の「四方懸造」として明治41年(1908)「国宝」に、その後昭和25年(1950)「文化財保護法」の制定により「国指定重要文化財」となっています。周辺の山々は「県立笠森舞鶴自然公園」に指定されており、特に観音山は昭和45年(1970)「国指定天然記念物笠森寺自然林」として保護されています。‥」
↓天然記念部笠森寺自然林と観音堂
 ↓二世安藤広重画 上総笠盛寺・岩□観音

 ↓いつものことながら登り道から始まる。

 三本杉
 ↓この楠の洞を潜り抜けられれば子宝を授かるそう。女の人が穴の途中で必死にもがいているのをボクは見て見ぬふりをして通り過ぎた。
 ↓二天門が見えてきた

 風神と雷神
 〇二天門の前に、芭蕉翁の句碑があった

 芭蕉翁 《五月雨にこの笠森をさしもぐさ》
 ↓芭蕉翁碑
 ↓向かって右に立つ「獅子庵蓮二翁」碑 「片枝に脉を通いて梅の花」
 ↓「義仲寺雲裏翁」碑 「すえられて尻の落着く瓢かな」
〇義仲寺(大津市)には、芭蕉の遺言に従って門弟達が作った芭蕉の墓がある。
 ↓宝篋印塔

 ↓重文・観音堂








 ↓仁王門

 ↓観音堂に昇る







 ↓観音堂を去るに当って最後の一枚
 ↓二天門の近くにある地蔵堂・鐘楼に行く。
 ↓「沖縄塚」
 ↓子育て地蔵堂

 ↓海安の鐘

〇これで今回の旅行目的は――日光・慈眼堂を除いて――すべて完遂。明日は帰路に就く。晩8時、道の駅・潮来に行くつもりが気が変わり利根川を挟んで対岸の道の駅「水の郷さわら」に着く。この道の駅を利用するのは四度目か五度目。そしてこの変心が翌日望外の文化財探訪の成果を生む。